6月10日
絶飲食中の今、エネルギーの源は腸に直接送り込んでいる栄養液。
入院中もそうだったけど、食事の時間になると家族が食べる料理のいい匂いが否応なく鼻に入ってくる。
美味そうな匂いだなぁと感じることはいつものことだけど、そこは我慢一筋。
とりあえず、唯一許されている飴を舐めてその甘い匂いを鼻腔に満たしているのでした。
昨日帰省した姉が一言。
「どんなにお金を出しても私たちには食べられない高級料理を食べているようなもんだからね。」
ものは言いようである(笑)。
確かに今、食べる喜びは奪われちゃぁいるけど、考えようによっては、毎日三度三度の食事の時間を別のことに有効利用できるってものだ。
今の自分には将来を創造するのに必要な時間なのかもしれないな。
それが食べられない今の自分にとっては、むしろ食べることよりも大事だったりするのかも。
2011/06/12
牛になります
ほぼ一月ぶりの日記。
6月8日
前回の日記に書いた番組がいよいよ今夜オンエアとなります。
なんと収録が終ってその晩に腸閉塞の痛みに苦しみ緊急入院、そして放送前日に退院というタイミング。
腸閉塞。胃を全摘した人にはついて回るものだそうで、昨年の7月に続いて今回が2度目。
去年は1週間の断食でなんとか早期復帰したので、今回もと軽く見ていました。
去年の暮れまではあんなに食欲もあって調子良かったのに、年が明けて間もなく食欲が落ち始め、その頃から既に軽い腸閉塞の症状が出始めたようで、そして先月12日に一気に悪化してしまいました。
今回も1週間程度の入院で帰れると思っていたのに、事態は最悪。 翌日の精密検査やら胃カメラによる処置やら手を尽くしたものの、症状は改善されることなく腸は暴発寸前の事態に陥り緊急手術となりました。
まさかの2回目の開腹手術。
手術室のベッドに横たわり「まさか1年ちょっとでまたここに帰ってくるとは思いませんでしたよ。」と言って手術スタッフの笑いを誘うほど気持ちに余裕はあったものの・・・
終ってみたら、 「人工肛門付けました。閉塞していたところは処置できなかったので、腸ろうを付けました。」と担当医からの有無を言わせぬ事後説明にちょっと絶句したのは言うまでもありません。
緊急だったから仕方ないといわれれば返す言葉もありませんでした。
人工肛門って・・・ てっきり人工的な何かをどこかに付けたのかと思って説明聞いたら、臍の横から大腸の一部を引っ張り出しただけとのこと。「紀州南高梅の梅干があると思って下さい」って言われてもすぐには自分で見ることも気が引けてしまいました。今はそこに排便袋が取り付けられ、今までのような便意はなく出たいときに勝手に袋に入ってきます。
残念なことに、トイレでスッキリ!はもう一生味わうことはできなくなりました。
食べると閉塞している腸に詰まってしまうから、口からは一切の飲食物は入れられず、栄養剤を腸に開けた穴に直接ポンプで送り込む。唯一の栄養補給手段なので、これはまさに生命維持装置。これがなくなったらもう生きていけません。
人間として最も基本的な喜びである快食快便。その内の一つは既に完全に奪われ、もう一つも今後の症状の改善次第でどうなるかわかりません。
一昨年の暮れに胃に見つかった異変。胃を全摘することになったときも、意外と取り乱すことなくすんなり受け容れることができた自分に驚きましたが、今回は更にその上を行く事態にもかかわらず、さして動揺することもなく状況を受け容れたのでした。 というか、ジタバタしたところでもうどうにもならないのです。 この状況を受け容れるしか手段がないのです。
こうやってネット上にこんなことを書いて公開することの賛否はあるでしょうけど、自分としてはこれがガス抜きになっているのだと思います。
来週から始まる新しい治療に“食べる”ことへの未来がかかっているのですが、今言えることは、間違いなく自分は今生きているということ。 まだまだ人生の半道中でくたばるわけにはいかないのですが、それは自分の意思だけで生きているのではなく、この世に生まれ出でた俺という一人の人間がその人生をかけて果たすべき役割を果たすために生かされているということなんだと思います。
体重も体力もガタ落ちし、もはや畑仕事はもとより力仕事はできない身体になってしまったわけで、苦渋の決断ながら、早々に農業引退表明をしてしまいました。
これから美味いぶどうを作って、美味いワインを作って一人でも多くの人に笑顔を届けたい!という意気込みで始めたぶどう作りですが、それがわずか2年で挫折。
こんなはずじゃなかった、と思ったところで自分の力ではどうにもならず、生かされていると思いながらも、だったらなぜこんなことに!って思うところでしょうけど、不思議とそんな悲観的な気持ちにならないのは生まれ持った楽観的性格によるものと半ば親に感謝しているのでありました。
器用貧乏と言われながらもいろんなことを経験してきました。 人生の師匠とも言える人から、男は人生の内に3回職業を変えたら終りだ、とも言われましたが、とうとうその3回目になってしまいました。
でも、自分の存在価値はそんなことでは失われません。
生かされている以上、もしかしたら自分でも気付いていない価値観でこれからの人生を生き抜けということなのかも知れません。
去年胃全摘手術を受けた後、これからはいただいた命で新たな第二の人生を創造して行こうと心に誓ったのですが、今回はその仕切り直しだと思っています。
いただいた命を全うするよう全力で生き抜きます。
当面は体力の回復を図る生活が続きますが、その先に起こるであろういろんなことを創造することが今の生きる糧になっていることは間違いありません。
多くの人からの応援をいただき、パワーをいただいています。本当に嬉しいです。
のほほ~んと生きてきたはずなのに、知らない間にこんなに多くの人に支えられてきたのかと思うと、やっぱり人間は一人で生きているんじゃないって強く感じます。
「頑張れ!」 そんな応援をいただきますが、正直なところ、もう自分に鞭打って生きることはやめました。頑張りません。無理もしません。欲張りません。でも絶対に諦めません。そして自然体で生きていきます。
やっぱり俺はみんなに笑顔の素を届けたいから、俺自身がいつも笑顔を絶やさないような生き方を続けて行きます。
大好評のワインカレーをもっと美味しくしたい!
勝沼人の大地に合うパンを焼きたい!
窯焼きピザの腕も上げたい!
うちに来たらホッとするような料理も提供したい!
多分、きっと近い将来はそんなことを中心に据えた菱山暮らしをしながら生きていくことになるでしょう。
そんなことを頭に描きながら、これからの毎日をまるで牛歩の如くゆっくりゆっくり歩んでいきます。
生きているというただそれだけのことの大いなる喜びを噛み締めながら。
あ~、スッキリした(笑)。
6月8日
前回の日記に書いた番組がいよいよ今夜オンエアとなります。
なんと収録が終ってその晩に腸閉塞の痛みに苦しみ緊急入院、そして放送前日に退院というタイミング。
腸閉塞。胃を全摘した人にはついて回るものだそうで、昨年の7月に続いて今回が2度目。
去年は1週間の断食でなんとか早期復帰したので、今回もと軽く見ていました。
去年の暮れまではあんなに食欲もあって調子良かったのに、年が明けて間もなく食欲が落ち始め、その頃から既に軽い腸閉塞の症状が出始めたようで、そして先月12日に一気に悪化してしまいました。
今回も1週間程度の入院で帰れると思っていたのに、事態は最悪。 翌日の精密検査やら胃カメラによる処置やら手を尽くしたものの、症状は改善されることなく腸は暴発寸前の事態に陥り緊急手術となりました。
まさかの2回目の開腹手術。
手術室のベッドに横たわり「まさか1年ちょっとでまたここに帰ってくるとは思いませんでしたよ。」と言って手術スタッフの笑いを誘うほど気持ちに余裕はあったものの・・・
終ってみたら、 「人工肛門付けました。閉塞していたところは処置できなかったので、腸ろうを付けました。」と担当医からの有無を言わせぬ事後説明にちょっと絶句したのは言うまでもありません。
緊急だったから仕方ないといわれれば返す言葉もありませんでした。
人工肛門って・・・ てっきり人工的な何かをどこかに付けたのかと思って説明聞いたら、臍の横から大腸の一部を引っ張り出しただけとのこと。「紀州南高梅の梅干があると思って下さい」って言われてもすぐには自分で見ることも気が引けてしまいました。今はそこに排便袋が取り付けられ、今までのような便意はなく出たいときに勝手に袋に入ってきます。
残念なことに、トイレでスッキリ!はもう一生味わうことはできなくなりました。
食べると閉塞している腸に詰まってしまうから、口からは一切の飲食物は入れられず、栄養剤を腸に開けた穴に直接ポンプで送り込む。唯一の栄養補給手段なので、これはまさに生命維持装置。これがなくなったらもう生きていけません。
人間として最も基本的な喜びである快食快便。その内の一つは既に完全に奪われ、もう一つも今後の症状の改善次第でどうなるかわかりません。
一昨年の暮れに胃に見つかった異変。胃を全摘することになったときも、意外と取り乱すことなくすんなり受け容れることができた自分に驚きましたが、今回は更にその上を行く事態にもかかわらず、さして動揺することもなく状況を受け容れたのでした。 というか、ジタバタしたところでもうどうにもならないのです。 この状況を受け容れるしか手段がないのです。
こうやってネット上にこんなことを書いて公開することの賛否はあるでしょうけど、自分としてはこれがガス抜きになっているのだと思います。
来週から始まる新しい治療に“食べる”ことへの未来がかかっているのですが、今言えることは、間違いなく自分は今生きているということ。 まだまだ人生の半道中でくたばるわけにはいかないのですが、それは自分の意思だけで生きているのではなく、この世に生まれ出でた俺という一人の人間がその人生をかけて果たすべき役割を果たすために生かされているということなんだと思います。
体重も体力もガタ落ちし、もはや畑仕事はもとより力仕事はできない身体になってしまったわけで、苦渋の決断ながら、早々に農業引退表明をしてしまいました。
これから美味いぶどうを作って、美味いワインを作って一人でも多くの人に笑顔を届けたい!という意気込みで始めたぶどう作りですが、それがわずか2年で挫折。
こんなはずじゃなかった、と思ったところで自分の力ではどうにもならず、生かされていると思いながらも、だったらなぜこんなことに!って思うところでしょうけど、不思議とそんな悲観的な気持ちにならないのは生まれ持った楽観的性格によるものと半ば親に感謝しているのでありました。
器用貧乏と言われながらもいろんなことを経験してきました。 人生の師匠とも言える人から、男は人生の内に3回職業を変えたら終りだ、とも言われましたが、とうとうその3回目になってしまいました。
でも、自分の存在価値はそんなことでは失われません。
生かされている以上、もしかしたら自分でも気付いていない価値観でこれからの人生を生き抜けということなのかも知れません。
去年胃全摘手術を受けた後、これからはいただいた命で新たな第二の人生を創造して行こうと心に誓ったのですが、今回はその仕切り直しだと思っています。
いただいた命を全うするよう全力で生き抜きます。
当面は体力の回復を図る生活が続きますが、その先に起こるであろういろんなことを創造することが今の生きる糧になっていることは間違いありません。
多くの人からの応援をいただき、パワーをいただいています。本当に嬉しいです。
のほほ~んと生きてきたはずなのに、知らない間にこんなに多くの人に支えられてきたのかと思うと、やっぱり人間は一人で生きているんじゃないって強く感じます。
「頑張れ!」 そんな応援をいただきますが、正直なところ、もう自分に鞭打って生きることはやめました。頑張りません。無理もしません。欲張りません。でも絶対に諦めません。そして自然体で生きていきます。
やっぱり俺はみんなに笑顔の素を届けたいから、俺自身がいつも笑顔を絶やさないような生き方を続けて行きます。
大好評のワインカレーをもっと美味しくしたい!
勝沼人の大地に合うパンを焼きたい!
窯焼きピザの腕も上げたい!
うちに来たらホッとするような料理も提供したい!
多分、きっと近い将来はそんなことを中心に据えた菱山暮らしをしながら生きていくことになるでしょう。
そんなことを頭に描きながら、これからの毎日をまるで牛歩の如くゆっくりゆっくり歩んでいきます。
生きているというただそれだけのことの大いなる喜びを噛み締めながら。
あ~、スッキリした(笑)。
デッキでの初ワイン
ちょっとサボっていたのでまとめてアップです。
5月12日

今日はテレビ山梨さんの取材。
大桃美代子さんが勝沼を巡る旅の中で、勝沼人の大地を取り上げていただいた。
甲州の畑と、新しい圃場に案内。
めでたく新圃場のデッキでの初ワインとなった。
大桃さん自身も新潟の米農家のご出身で、自ら「桃米」という古代米を栽培されているということもあって、農業にはとても造詣が深いだけに、農業のものづくりに関して話し出したら止まらない。
もっともっと話したいことがいっぱいあったけど、今回は時間いっぱいで断念。
久々のテレビ出演で、本人は結構フニャフニャにやっこく行ったつもりだったけど、多分間違いなく硬い表情に映っているんだろうなぁ。
一応一発撮りでテイク2はなかったけど。
番組は中部6県(山梨、静岡、長野、新潟、富山、石川)の放送局が持ち回りで制作しているもの。放送は6月8日(水)。 この6県以外の地区の人は生では見られませんが、きっと誰かがYoutubeにでもアップしてくれる、かな?
5月12日

今日はテレビ山梨さんの取材。
大桃美代子さんが勝沼を巡る旅の中で、勝沼人の大地を取り上げていただいた。
甲州の畑と、新しい圃場に案内。
めでたく新圃場のデッキでの初ワインとなった。
大桃さん自身も新潟の米農家のご出身で、自ら「桃米」という古代米を栽培されているということもあって、農業にはとても造詣が深いだけに、農業のものづくりに関して話し出したら止まらない。
もっともっと話したいことがいっぱいあったけど、今回は時間いっぱいで断念。
久々のテレビ出演で、本人は結構フニャフニャにやっこく行ったつもりだったけど、多分間違いなく硬い表情に映っているんだろうなぁ。
一応一発撮りでテイク2はなかったけど。
番組は中部6県(山梨、静岡、長野、新潟、富山、石川)の放送局が持ち回りで制作しているもの。放送は6月8日(水)。 この6県以外の地区の人は生では見られませんが、きっと誰かがYoutubeにでもアップしてくれる、かな?
2011/05/07
やっぱりマンパワー
一昨年復元させた圃場に、念願のデッキが出来上がった。二年越しの実現。本当は来週末にでもやろうかと思っていたところ、来週に急遽テレビ取材が入るということなのでロケ現場に、ということで急遽予定変更となった。ところが自分一人じゃ何もできないから頼みはいつもの体験メンバー。この連休中に何人来てくれるかなぁと期待していたら、そんな期待通りのメンバーに参集いただき、なんとか形にすることができた。
とても日当たりが良い、というか良過ぎるところだけに日よけが必要なので、最後の仕上げとしてはサンシェードを設けることと、風で飛ばされないようにアンカーを繋げることがまだ残っているけどね。
用途としては、とりあえずはお茶とランチ場所としてがメインだけど、あとは昼寝に最高だし、まずは農作業よりもこの景色で1杯!な~んて人にも使ってもらいたいね~。とにかくここから見る景色は最高!
そして今年のもう一つの懸案事項だったのが、去年植えた苗木の植え替え。去年は既存の棚を利用した一文字短梢にする予定のレイアウトで植えたものの、諸般の事情で傾斜の段々を利用した垣根栽培に変更することにしたので、去年植えた場所ではとても都合が悪い。そのための植え替えなんだけど、その数20本以上。
先に約10本近く済んでいたので、今回は穴掘りの機械も使いながら、なんとか半日で仕上がった。
本人が体調不良で現場監督程度の仕事しかできない現状では、この人たちのマンパワーがなんとも心強い。

2011/04/25
念願の名古屋
前回名古屋に行ったのはいつのことだったか… 多分消防団の旅行で10年ほど前に行ったきり。
去年の最後の旅行も行き先が名古屋だったけど、体調不良で参加を断念したのだった。
一昨年から、せっかく名古屋から農業体験に来てくれる人がいるのだから、近い将来勝沼人の大地をもって名古屋に行こうと企んでいたのだった。
それが今年やっと実現することに。
今年からぶどう作りに参加したいという名古屋のソムリエールさんに呼ばれるまま行ってきた。
しかも2日連荘でのワイン会をセッティングしていただいた。 初日(23日)の会場は名古屋の中心地栄町にあるドラードというビストロ。マイミクCHISATOさんのいるお店。 http://www.daurade.jp/index.html
割とこじんまりとした店内はいい感じ。決して敷居が高いお店ではないようだけど、自然と選ばれたお客さんが来るというか質の良いお客さんが集まるというか、そんな雰囲気のあるお店だ。
まずは今回のワイン会のコーディネータ役となったJwnのinwineさんによる勝沼人の大地のさながらプロモーションビデオの上映。こういうところでこの顔を映し出されるとかなり照れるぜ。
そして大地のプロデューサーである新田の話。
そして、名古屋市内に戻り、お昼に味噌煮込みうどんを食べようとしたのだけど時はお昼時。有名店は席待ちで諦めた。次回にお預けだ。
午後のワイン会はヌアージュというお店。若干27歳のオーナーが仕切っている、和風モダンな素敵なお店。 (http://r.gnavi.co.jp/n953400/?ak=ZEFGcGtwQr0%2BfW3Rk2tUFGDjOewRqfLrbKXcvs7uweg%3D) ここでも奇跡の出会いを感じて、2日間の名古屋は終った。
ご参加いただきました皆さん、ありがとうございました。
去年の最後の旅行も行き先が名古屋だったけど、体調不良で参加を断念したのだった。
一昨年から、せっかく名古屋から農業体験に来てくれる人がいるのだから、近い将来勝沼人の大地をもって名古屋に行こうと企んでいたのだった。
それが今年やっと実現することに。
今年からぶどう作りに参加したいという名古屋のソムリエールさんに呼ばれるまま行ってきた。
しかも2日連荘でのワイン会をセッティングしていただいた。 初日(23日)の会場は名古屋の中心地栄町にあるドラードというビストロ。マイミクCHISATOさんのいるお店。 http://www.daurade.jp/index.html
割とこじんまりとした店内はいい感じ。決して敷居が高いお店ではないようだけど、自然と選ばれたお客さんが来るというか質の良いお客さんが集まるというか、そんな雰囲気のあるお店だ。
まずは今回のワイン会のコーディネータ役となったJwnのinwineさんによる勝沼人の大地のさながらプロモーションビデオの上映。こういうところでこの顔を映し出されるとかなり照れるぜ。
そして大地のプロデューサーである新田の話。まずは魚介と筍をバジルソースで和えた一皿。
そして鮭のソテーにクリームソース。ホワイトアスパラが添えられ、なんだか俺が細かくリクエストしたかのような料理。食べたかったものドンピシャ!今回ワインは全く進まなかったけど、これはしっかりいただきました。どちらも優しい味でとても美味しゅうございました。シェフに感謝。
そして2日目。 朝から快晴。しゃらっ気持ちいい天気。
2日目のワイン会は、勝沼人の大地倶楽部の説明会を兼ねたものということで、午後からの予定だったので、午前中はこの辺りではとても珍しい存在のワイナリーを豊田市に訪ねた。
2日目のワイン会は、勝沼人の大地倶楽部の説明会を兼ねたものということで、午後からの予定だったので、午前中はこの辺りではとても珍しい存在のワイナリーを豊田市に訪ねた。
イタリアに修行して夫婦2人でやっているというワイナリーの圃場に行ってきた。名古屋市内から高速を使って約50分ほどのところにある。最初はワイナリーの住所を目指して行ったら、圃場はそこから更に車で40分ほど走ったところにあった。 標高が180m位といったか。山の中腹にある元放牧地だった傾斜地を市から借り受け、そこにCS、シャルドネなど数種類のぶどうを植えている。
山に隣接しているのだけど、山梨と比較したらその山の低さったらない。新緑が美しい。傾斜もなだらかで、ある程度機械も入りそうな感じで羨ましい。
訪れたときは、夫婦で草刈りをしていた。 現在は醸造は委託だそうだが、ワイン用のぶどう栽培は近くにないから、長野や山梨の栽培家から教えてもらいながら試行錯誤しているようだが、そのチャレンジ精神が素晴らしい。いい刺激を受けた。
そして、名古屋市内に戻り、お昼に味噌煮込みうどんを食べようとしたのだけど時はお昼時。有名店は席待ちで諦めた。次回にお預けだ。午後のワイン会はヌアージュというお店。若干27歳のオーナーが仕切っている、和風モダンな素敵なお店。 (http://r.gnavi.co.jp/n953400/?ak=ZEFGcGtwQr0%2BfW3Rk2tUFGDjOewRqfLrbKXcvs7uweg%3D) ここでも奇跡の出会いを感じて、2日間の名古屋は終った。
ご参加いただきました皆さん、ありがとうございました。そして色々と段取っていただきましたCHISATOさん、ありがとうございました。
次は勝沼の畑でお会いしましょう。
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